仕事を辞める手続き1

仕事を3月31日付けで辞めたことは、今までのエントリーで書いてきました。ここのエントリーでは、辞めるにあたっての手続き面などのお話しをしたいと思います。仕事を辞める予定の方のご参考になれば。

まずは、仕事を辞めることを決めたのは、去年の12月頃、この頃から、転職活動含めて考えるために、難病があるので、難病支援センターの就労支援担当の方とお話しをはじめ、また難病支援センター就労支援担当の方経由で、ハローワークの難病担当の人へとつないでもらいました。

具体的に職場に辞める旨を伝えたのは、今年の1月になってから。辞める方向で考えている旨を伝えていましたが、具体的な手続きには移行していませんでした。あ、人事の方には、もし辞めるとなったときには、いつまでに、何の手続きが必要かは聞いていました。

課長や副課長、係長を交えて、正式に辞める旨をお話ししたのは、2月10日頃、そして、手続きに必要な書類(退職願)を送ってもらい、2月13日に正式に課長に提出しました。(このあたり、会社等の就業規則をきちんと確認してください。うちのところの場合は、1ヶ月前までに退職願を提出すること、とあったため、この期日で提出していますが、就業規則によってはもっと前の必要があることがあります。)


平行して、健康保険は職場の保険を継続(任意継続と言いまして、職場の厚生なり共済なりの保険に一定期間以上加入していた場合、2年間までは、いままでの保険を継続できます。ただし、勤務しているときは労使折半といいまして、負担は1/2なのですが、任意継続では保険料は全額自己負担になります。ざっくりの金額がどれくらいになるか、健康保険組合に聞けば教えてもらえると思います。)するか、国民健康保険にするかを考えるために、市役所の保険年金課に、保険料がどれくらいになるか聞きに行きました。保険料は前年所得に応じて決まるのですが、2月頃だとまだ役所に前年所得の情報が来ていないので、正式に算定できないため、参考資料として、前年所得の源泉徴収票を持って行きました。前年所得の源泉徴収票があれば、そこそこ正確に算定できます。おすすめです。

で、結果、前年所得が少なかった(休んでいる期間が長く、無給休職の期間が長かった)ため、計算すると、国民健康保険の方が、職場の健康保険の任意継続よりも、月1万円ほど安くなる計算だったため、国民健康保険に加入することにしました。で、手続きの方法とかを聞いていました。


退職願を提出してからは、その後、部長や人事の方で承認された後、手続きとなりました。まずは、労働組合がある会社だったのですが、労働組合の脱退手続きや、慶弔金(退職でも対象)や余剰金の振込先の登録などがありました。そして、退職金も幸いに、少しですが出るとのことで、その振込先や、また源泉徴収するための税務関係の書類を書きました。


さらには、退職手続きに伴って必要な各種書類を書くほか、説明などを受けました。

3月1日以降は、退職1ヶ月前となるため、手続きも本格化し、保険組合の関係の書類(職場の医療保険の脱退手続きや、退職祝い(おめでたくはないですが、私のパターンの場合)金の請求、その他の手続きをしていました。

長くなってきたので、エントリーを分けたいと思います。

退職した件について

3月31日付けで、13年間勤めた職場を退職した旨を、昨日のエントリーで書きました。4月1日のエントリーですが、エイプリルフールじゃないよ!

さて、辞めた理由はいくつかあるのですが、
・病気が深刻化し、これ以上通常勤務を続けるのが困難になった
・病気で休める期間をほぼ使い果たし、給与が出なくなった
・病気で復職できる見込みがなくなった
・事実上の退職勧告を受けた(強制力はないものの、事実上難しいと)
・障害年金を受給できることになった(また後日別のエントリーで)
・残された時間も少なくなってきたことから、やりたいことにチャレンジしてみようと思った
・体力や病気と相談して、出来ること出来ないことが出ているので、出来ることの範囲でやれることをやってみようと思った
といった感じです。

今までの仕事では、いろいろ制約事項が多かったのですが、辞めて、ある程度自分のペースで、好きなことをしていこうかなと思っています。

もっとも、転職活動も同時に進めていて、良いところがあれば転職しようかなとも思っていますが。(後日エントリーにします。)


しかし、仕事辞めるとなると、意外とあっけないですね。退職辞令渡され、それで終わり、という感じでした。まぁ、退職に関しての細々とした手続きはありましたが。そのあたりはまた、別のエントリーにてご紹介したいと思います。仕事辞める方の参考になるかも知れませんので。

(1/19)難病カフェシンポジウム2020参加しました

1月19日に東京・早稲田で開催された、「難病カフェシンポジウム2020」を拝聴して参りました。飛行機の時間の都合上、途中退席となりましたが(14時〜15時半まで聞いておりました)。

難病の制度と支援の谷間を考える会

難病の制度と支援の谷間を考える会が主催して、難病カフェの先進地事例紹介(九州の事例など)などが行われました。

キリン福祉財団さんが協力を行っていたので、キリンさんの「プラズマ乳酸菌 iMUSE レモンと乳酸菌」を持参してシンポジウムに臨んだのですが、見事に紹介されておりました。

さて、キリン福祉財団の方のお話しがあったあと、早速先進地事例として、難病カフェ九州サミットの報告が、「難病NET RDing福岡」の永松氏よりなされました。

難病の置かれている現状として、難病=重度の病気のイメージや、若者の姿が見えないこと、疾患間を超えるコラボが少ないことなどが挙げられました。

そこで、「普通の当事者を主役に」ということで、難病関連団体を立ち上げ、また難病カフェの開催に至ったそうです。


九州には10カ所の難病カフェがあるそうで、最初は2016年の北九州市での「腸炎症疾患(ベーチェット病、IBD・・・潰瘍性大腸炎、クローン病)当事者のためのスイーツ」を提供するカフェがはじまりだそうです。

あとは、九州各地の難病カフェそれぞれについて、特徴等を紹介されました。運営母体や場所の問題(特に会場費問題)、スタッフや参加者の特徴、開催頻度、地域性などについて解説がありました。

難病カフェ九州サミットは、運営等にあたっての情報共有や、また今後のモチベーションを上げる場として開催しているそうです。課題としては、費用やモチベーション、マンネリ化や行政との協力問題、そもそもカフェとは?楽しければ良いのか?など、多岐にわたるようです。

難病カフェが集まることで見えてきた特質として、カフェは主催者の傾向が反映される(得意分野や年齢層、疾患区分)のと、ファシリテーター的存在の必要性、また地域性が顕著に表れるとのこと。そして、定期開催は常連がどうしても固まってしまうとのことでした。

「つべこべ言わず・・・カフェに来い!」とのことでした。また、「普通の患者こそ主役」だそうです。「病気と向き合って 目立たず座ってるそのひとが 主役 それを見つけ輝かせる 難病カフェでありたい」として、報告を締められました。


次に、「難病カフェとまりぎの実践と関東地域のネットワークづくりに向けて」として、主催の「難病の制度と支援の谷間を考える会」の白井氏が登壇されました。

自己紹介の後、難病の制度と支援の谷間を考える会の活動についての紹介、そして、難病を巡る今の課題とこれからについて語られました。課題については、一定の法整備(難病法など)により、ニーズがみえにくくなったこと、患者会活動の低迷と高齢化(これは確かに感じる)、当事者同士のつながり、社会とのつながりの必要性などがあり、そこから、安心して集える場づくり(交流会、難病カフェ)への取り組みへと発展させていくようです。

難病カフェとは、「気軽に立ち寄って、落ち着ける場所」、病名にかかわらず、気軽に、時間の束縛無く参加できる場、と会では考えられているそうです。

あとは、「難病カフェとまりぎ」について、過去の毎回の様子の紹介がありました。

そして、「関東難病カフェネットワーク」として、先ほど書いた九州同様、難病カフェの課題等の情報共有、横の繋がり作りなどを行っているとのことでした。


ここで飛行機の時間の都合上、途中退席して、「地域を単位とした難病カフェの特徴と比較」そしてパネルディスカッションは聞くことが出来ませんでしたが、難病カフェについて殆ど知らなかったので、勉強になりました。

主催団体の白井さんに挨拶したときに、難病カフェにもぜひお越しくださいと言われたので、主催団体が開催している「難病カフェとまりぎ」・・・はいまのところ次回の開催日が未定のため、後援団体の「難病カフェおむすび」の難病カフェが今度上京するタイミングで丁度あったため、参加してきてみたいと思います。

(1/18)二次会:難病手帳の制度化を考える会TOKYO

先のエントリーで、難病手帳の制度化を考える会TOKYOについて書きましたが、その後、時間に余裕のある方の有志と、主催者の中金さんが参加して(合計11人だったかな)、近くの居酒屋に移動して2次会と言う名の意見交換会が開かれました。

それぞれの参加者の疾患についての話の他、就労の状況についてや、社労士さんもいらっしゃったので、年金の話、法定雇用率問題や国の動向についてなど、いろいろな話が出ました。

また、「難病」という言葉が漠然としすぎてわかりにくいのが、難病の法定雇用率問題や福祉などが遅れている原因なのではないか、もっとわかりやすい名前がないのか、という意見も出ていました。


そして、癌と比較して、難病はプロモーションが下手(癌の方はセンセーショナルなプロモーションがなされていて、いろいろサポートの動きがあるが、難病はいまいちプロモーションがなされておらず、それで福祉などが進んでいない)という話も出ました。難病の有名人を活用する方法はないか、という話も出ました。


さらに、難病患者と就労について、難病患者が起業して、難病患者同士で仕事をすれば、難病について理解があるし、健常者に混じって肩身の狭い思いをせずに済むし、休みとか配慮とかも得られやすく、また必要に応じて在宅勤務も出来て良いのではないか、という意見も出ました。

これについては、私も前々から考えていた部分はあって、起業できないかなと思っていたりはします。難病があっても働ける会社、なかなか無いのが現状でして、そこで難病患者が社長なりCEOなり役員なりなら、難病に対して理解することも可能だし、難病患者が働きやすい環境を整えることも出来るのでは無いかなと。

以前から、持っている資格や技術技能や、経験経歴などから、起業した方がいいんじゃない?とは、商工会議所のかたやら、他の何人の方から言われていたりはするのですが、なかなか踏み切れていないのが現状であったりはします。リスクを背負うより、雇われでのほほんと与えられた仕事をこなす方が、という思いが。でも、今回、今までの仕事を病気理由で事実上クビになり、いま転職活動中なので、長期スパンで起業もいいかな、と少し傾きつつあるのは実際だったりします。まぁ、第一には転職ですけどね。

いろいろ情報交換できたり、また考えさせられることもあったりで、二次会参加して良かったです。またこのような場に参加したいと思います。

(1/18)難病手帳の制度化を考える会TOKYO参加した感想

1月18日(土曜日)に東京の新宿で開催された、難病手帳の制度化を考える会TOKYOに参加してきました。

ありがとうございございました。2020.1.18.東京開催(難病手帳の制度化を考える会TOKYO)

難病手帳の制度化を考える会Webページより引用

会では、結構全国各地から集まっていました。私の福井から、大阪、名古屋、山形、茨城、千葉、東京近郊など。関心の高さが伺えます。


会では、先ず主催者の中金 竜次氏の挨拶と略歴紹介ののち、なぜ「難病手帳」なのか、「難病手帳」が必要なのか、の説明がありました。難病患者が置かれている現状として、手帳制度がないために、他の手帳が取得できない難病患者の場合、法定雇用率に含められず、就労が困難という問題があります。

また、難病の範囲についても、「指定難病」(本ブログ執筆時点で333疾患、平成29年統計で89万人)なのか、「障害者総合支援法」で定められている361疾患なのか、それとも、指定・難病の定義に当てはまらない難治性な患者まで含めるのか、問題があります。

難病患者の就労については、一般雇用枠での就労をする方法がまずあります。ただ、これでも、難病をオープンにするのか、クローズにするのか、の問題があります。難病をオープンにした方が、就労が長続きする傾向はあるそうなのですが、でもなかなか採用されにくい現状があるようです。
次に、福祉的就労(就労継続支援A型など)があります。難病でも障害者総合支援法の対象の場合は、障害者同様、福祉的就労を利用する方法があります。
そして、障害者雇用率制度での就労。これ障害者手帳が必要であるために、手帳が取得できない難病患者は利用することが出来ません。そこで、「難病手帳」というわけです。
さらに、自営という方法もあったりします。


難病の特徴としては、見えにくい症状による生活への支障が挙げられます。また、症状は一定ではなく、症状に変動性があることが多いです。なので、障害の固定を原則としている身体障害者手帳の取得が困難というのはあるのですが。そして、難病患者がよく訴える、易疲労感(全身倦怠感)も、外からは見えにくく、数値化されにくく、理解されにくい問題があります。

難病は指定難病に限ると100万人行かない程度の話で、社会に与えるインパクトとして弱いのですが、指定されていない難病は数百万人居ると推定されており、これを合わせると相当の人数が難病患者と言うことになり、社会的インパクト(なんとかしないといけない)が生まれるのではないか、という話もありました。

難病に関わる医師や支援者、ソーシャルワーカーなどの意見についても紹介がなされました。


障害者法定雇用率は、昔の身体障害者のみから、知的障害者を含めるようになる、精神障害者を含めるようになる、という流れが出来てきていました。5年スパンで動きがあったのは事実です(行政は5年という数字が大好きです。行政計画とかは5年が単位になっていることが多いです)。そして、難病患者もこの法定雇用率に含められる流れが今後出てくるか、が、この会の一つの焦点なわけです。

ただ、法定雇用率の拡大は、経団連はじめ企業側からは抵抗が強いらしく、なかなか一筋縄ではいかないようです。でも、CSR(企業の社会的責任)もあり、そのあたりは企業にもぜひ真剣に考えて欲しい部分でもあります。

あとは、海外の事例について紹介がありました。フランスとドイツについて、障害者の範囲、そして法定雇用率について。


「小さくて弱い証拠が集まると 大きくて強い証拠になる」。今は難病患者が置かれている状況について、あまり知られていないのが現状です。難病患者は普通に働けるのでは?と思われていたり、逆に、働けない人なのではないか(24時間テレビなどでの、重症の難病患者のイメージが先行している?)と思われていたり。また、難病患者に手帳制度がなく、法定雇用率に含まれないことも、あまり知られていなかったりします。現状では知られていないのですが、知っている人が一定(30%あたり?)を超えると、パンデミック的に広がるのではないか、とのことでした。

あとは、3つのグループに分かれて、自己紹介、どうして難病手帳の制度化を考える会に参加したのか、その他意見について、意見交換がなされました。うちのグループで出たのは、難病手帳で公共交通機関や各種施設の利用料の減免があるといいね、という話と、指定難病(特定医療費)受給者証を取得するかどうか(診断書代が高い割に、メリットが少ない。医療費がさほど高くなければ、取得しないという現状がある)の話でした。

そして、主催者の中金さんから、今後予定している動きや活動について説明があり、次は名古屋で3月に開催します、となり、閉会しました。


2次会もあって、そこでも有意義な情報交換がなされたのですが、そちらは、このエントリーが長くなったので、また別のエントリーにしたいと思います。

難病患者の置かれている現状、特に就労に関して、いろいろ知識を得ることが出来、参加して良かったです。

2/21-23また東京行きます(難病関連、ミュージカル)

この前東京行っていたような気がしますが(12月末にもコミケや観光などで東京に行っていましたが)、また東京に行くことになりました、来月下旬。なんか、毎月東京行っているような気がします。

2月21日〜23日の旅行は、難病関連のイベントが2つと、あとたまたまネットを見ていたら、劇団四季のミュージカル、キャッツの公演に空きがあった(B席なので、端っこの方ですが。以前1回観たことがあるので、今回は雰囲気を楽しめればと)ので、観劇してきます。あとはちょこちょこ東京観光と。

2月21日の難病関連のイベントはこちら。

1.22.ご予約開始! テレワークという働き方 2.21 開催

https://r.goope.jp/oneone2019(「就労支援ネットワークONE」・・・難病患者の就労支援をされている団体です)が主催されている、テレワーク(在宅とかで勤務する働き方)に関しての講演や座談会です。2月21日(金曜日)の昼間ですが、興味あるテーマかつ、いま転職活動中でして、その働き方の一つとしてテレワークもいいかな、と考えているので、出席してみることにしました。テレワークなら、入院になっても状況次第では仕事できそうですしね(入院にはいつもパソコン持ち込んでるので)。あと、難病があるとどうしても通勤が大変&リスク(ステロイド飲んでるので、感染症には弱く、人混みがリスク)だったりするので、在宅で仕事できれば、そのあたりの問題は解決できますしね。


で、2月22日、なんと、「にゃんにゃんにゃん」で猫の日なのですが、その猫の日に、劇団四季のミュージカル・キャッツですよ。本当に偶然に座席取れました。

https://www.shiki.jp/applause/cats/ (劇団四季ミュージカル「キャッツ」作品紹介)

B席なので、後ろの端っこの方で、観づらいところなのですが、一回観たことがあるので、今回は音楽を中心に雰囲気を味わえればなと。前回は左側サイドから観たのですが、今度の席は右側サイドなので、ちょっと違う景色が。

あとは、東京観光を少ししようかなと思っています。


そして、2月23日。この日も難病関連のイベントです。

「第8回難病カフェ おむすび」

難病カフェおむすびさんが開催されている、難病患者やその家族、支援者等があつまって、カフェ形式でわいわいお話しとかするイベントです。先日、難病カフェシンポジウム2020に参加したのですが、その中で話に触れられていました。で、興味を持ったのと、ちょうど東京に居るタイミングで開催されるので、参加申し込みしました(定員10名で、このブログ執筆段階で、満員になっているようです)。

いま、仕事を事実上クビになり、転職活動中なのですが、難病や障害をオープンにして就労できないか、道を探っている段階なので、できるだけそういう情報が集まりそうな場に、積極的に参加するようにしています(先日の東京行きもその目的です)。東京までの交通費・宿泊費はかかるけど、必要経費かなと。

iPS細胞で視床下部下垂体ユニットが!のインパクト(速報版)

今日、泌尿器科受診して、中枢性尿崩症のお薬(ミニリンメルトOD錠ほか)を服用していくのを忘れたので、尿検査で出した尿が、尿比重1.000、pH7.0(中性)と、ほぼ真水でしたよ、HAHAHA!、みたいなエントリーにでもしようかと思っていたら、それを吹き飛ばすニュースが飛び込んできました。

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/research/pdf/Cel_Rep_200107.pdf
(名古屋大学のプレスリリース)

これ、すごいニュースです、私のような、視床下部・下垂体障害のひとにとっては。あまりの感動のあまり、ツイッターで解説の連ツイ(連続ツイート)もしましたので、それをツイッターモーメントにまとめましたので、それもご覧頂ければ。

https://twitter.com/i/events/1217969578350764032

(「視床下部〜下垂体系疾患について(iPS視床下部下垂体に寄せて)」
iPS細胞で、視床下部下垂体ユニットが出来たとの報告がなされましたので、それについての雑感と、視床下部〜下垂体系疾患についての簡単な解説です。)


ツイッターモーメントをご覧頂ければわかるように、視床下部・下垂体(脳の「間脳」と呼ばれる部分です。)が障害されると、各種の生きていくために必要なホルモンが出なかったり出過ぎたりで、いろいろな問題を引き起こします。その問題について、現在の医学では根本的な解決法がないため、足りないホルモンは飲み薬や点鼻薬、注射などで補い、多すぎる場合は薬で抑えたりする、対症療法しかないのが現状です。私も、欠けているホルモンについて、薬を内服したり、点鼻したり、注射したりしています。

視床下部〜下垂体ホルモンでは、命に直結する、「副腎皮質ホルモン」(視床下部→(CRH)→下垂体→(ACTH)→副腎皮質→(副腎皮質ホルモン:コルチゾール)→全身)や、また「甲状腺ホルモン」(視床下部→(TRH)→下垂体→(TSH)→甲状腺→(FT4、FT3)→全身)、また、「抗利尿ホルモン」(視床下部→下垂体後葉→(ADH:バソプレシン:抗利尿ホルモン)→腎臓(尿再吸収:濃縮))など、大切なホルモンが作られています。

また、命には直結しないですが、でも大切な、「性腺ホルモン(男性ホルモン・女性ホルモン)」にも関わっています(視床下部→(GnRH)→下垂体→(LH、FSH)→性腺(卵巣・精巣)→(性腺ホルモン:男性ホルモン・女性ホルモン)→全身)。また、成長やその他にも関わる「成長ホルモン(GH)」、乳汁分泌その他に関わる「プロラクチン(PRL)」といったホルモンも、視床下部・下垂体から制御されて分泌されています。


脳がコントロールするくらいなので、当然ながら一定量で足りるホルモンではなく、身体の状態にあわせて分泌量が変化するホルモンであるため、薬で投与するにしても分量が難しいホルモンたちなのですが、でも薬で投与となると、決まった量の投与になってしまい、ダイナミックに変化させることが難しい(副腎皮質ホルモンについては、医師の指導の下、身体的負荷の状況に応じて変化させるよう指示されている方も多いですが)ので、全身倦怠感やその他の症状が現れることも多いです。また、調整が完全に失敗になると、生命の危機に陥ることもあります。

今回のこのiPS細胞による「視床下部下垂体ユニット」の何がすごいかというと、ホルモンをただ分泌するだけではなく、低グルコース(ブドウ糖)液に浸したところ、ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)の分泌量が増えた、というところです。低血糖(低グルコースということは、要は低血糖状態)など、生命の危機的状況になると必要になるのが、副腎皮質ホルモン(コルチゾール)なわけなのですが(なので、別名、ストレスホルモンとも呼ばれたりします)、この「視床下部下垂体ユニット」は、低血糖状態=生命の危機的状況を自己感知・判断して、副腎皮質ホルモンを増やすために、ACTHを増やした、ということになります。ちゃんと視床下部のセンサーや判断機能が働いている、ということです。


視床下部・下垂体障害の診断の際に用いることのある、「インスリン負荷試験」というのが、まさしくこの原理を利用しているものでして、インスリンを大量投与して低血糖状態にして、視床下部が危機的状況であると判断するかどうか→(CRHや)ACTHを増やすかどうか、を診る検査があります。生命の危険性もある、危険な検査ですが、でも必要な検査でもあります。私も過去3回経験しています。

iPS細胞による「視床下部下垂体ユニット」、まだ臨床(実際の治療に使う)レベルには遠そうですが、でも、視床下部〜下垂体系はまだまだブラックボックスの部分も多いため、その解明や、治療法の開発に役立つ可能性が高いと言うことで、非常に大きなニュースです。

あ、視床下部・下垂体系については、また時折、エントリーを設けて書いていきたいと思います。

インフルエンザ、なんとか治まりました

インフルエンザで寝込んでたわけですが、なんとか治まりました。

予防接種してたのに、38.5℃~39.5℃の熱が5日間続き、死ぬかと思いました(・ω・)←

予防接種はかかりにくくする、かかっても軽くする効果があるとされてますが、予防接種してなかったら、死んでたかもしれない(・ω・)←←←←(内分泌疾患、糖尿病じゃないよ!があるので、重篤化しやすい)

いまはここまで下がりました。

風邪ひきかと思いきや、インフルエンザでした

昨日風邪ひきで、ブログを事実上お休みしましたが、今朝になってもよくならず、むしろ悪化してたので、近所の内科に行ったところ…

見事にインフルエンザA型でした。熱は39.5℃ほど、のどの痛みと咳、鼻水、関節痛がありました。

あ、判定ラインがC(判定しましたよ)で、結果がAのところに線が出ればインフルエンザA型、Bのところに線が出ればインフルエンザB型、インフルエンザでなければCのところにだけ線が出ることになります。

てわけで、タミフル(インフルエンザの薬)とカロナール(解熱剤)、そしてコートリル(副腎不全があるので、高熱など身体的負荷がかかったときには大幅に追加が必要になる)をもらってきました。

今週一週間おとなしくしてます。